花 見


 それは、ある日の非番の日。

今日はとってもお天気が良いから、街にお買い物に出ようかなぁ・・・なんて思っていると、局長室から戻ってきたらしい土方さんにばったり会った。

「土方さん、おはようございます」

「ああ・・・桜庭か」

 近くで見ると、土方さんは珍しく浮かない顔をしている。

「今日はとっても良いお天気ですね・・・って、どうかされたんですか、浮かない顔されてますけど?」

「さっき近藤さんに呼ばれてな・・・それは良いんだが」

「難しいお仕事ですか?私で良ければお手伝いしますけど・・・」

 ほんと、土方さんがこんな顔をしているところなんて滅多にない。何かあったのかな?

「そうじゃないんだが・・・桜庭、お前今日は非番だったな?」

 唐突に話が飛んで、疑問を抱きながらも頷く。確かに非番だけど、出来るなら土方さんの力になりたいと思う。

もっとも、私でなれればの話だけど・・・

「はい。それでまた、偵察を兼ねて街にお買い物に行こうかと思っていたんですけど・・・」

「そうか。だったら、少し付き合わないか?もしよければ、だが・・・」

「それは、是非・・・でも、急にどうしたんですか?」
  
 とても嬉しいお誘いだけど・・・ほんとに、どうしたんだろう?土方さんがこんなこと言い出すなんて。

「近藤さんが偶には休めと言いだしてな・・・書類を全部隠された」

 憮然として言った土方さんの一言に、思わず吹き出してしまう。

書類を隠すって・・・確かに、土方さんを休ませるにはそれくらいしなきゃいけないかも知れないけど

・・・近藤さん、子供じゃないんだから。

「笑い事じゃないぜ?まったく・・・山崎の奴まで一枚噛んでいるようで、どこ探しても見つからねぇ」

 や、山崎さんまで・・・多分近藤さんに頼まれたんだろうけど、凄く楽しそうに隠してる山崎さんの姿が妙にリアルに想像できてしまう。

「すっ、すみません・・・ちょっと、面白くって。じゃあ、土方さんも今日は非番なんですね」

「そうなるな。そろそろ刀を砥ぎに出そうと思っていたから、良かったと言えばそうなんだが・・・天気も良いしな」

 土方さんはやっぱり少し困ったような顔をしながらも、そう言うと、外を眺めた。

「えっと・・・良いんですか?私がついて行っても?」

 男の人達が非番って言うと、どうしても祇園とか島原に行くってイメージが強いから・・・もし、土方さんもそうなら、あんまり一緒に行きたくはないなぁ、なんて思うんだけど。

「安心しろ。お前を連れて、祇園や島原に行くつもりはないからな」

 そんな思いが顔に出てたのか、土方さんはなんと言うこともないようにそう言った。

「そっ、そう言う訳では・・・じゃあ、お言葉に甘えて、ご一緒させてください」

 土方さんが非番の日に何をしているのかって、実はちょっと興味があったんだよね・・・

                    ◇      ◇      ◇   
            
 それから、土方さんと一緒に街に出て、まず刀を砥ぎに出した。

「少し歩くが・・・ついて来い」

 今日は土方さんが案内してくれるって言ってたけど、どこに連れて行ってくれるんだろう?

遅れないようにと、気をつけて歩いてはいるけれど、土方さんは私に歩調を合わせてくれているみたい。

こういう何気ない優しさを土方さんが持っていることに、ほんの少し前まで気づかなかったのが、今では不思議。

・・・もしかして、土方さんが京のお姉さんたちにモテるのってこういうところにあるのかな?

 う〜ん、そう考えるとちょっと複雑かも・・・

それはそうと、今日はほんとに、お散歩にはぴったりだと思う。風にのって、どこからか梅の香りが届くし・・・なんだかとっても楽しい気分になってきちゃうな。

 我知らず顔が緩んでいると、ふとこちらを振り返った土方さんと目が合った。

「もう少しなんだが・・・どうした?」

「いえ・・・なんだか良い陽気で嬉しくなってしまいました。それに、そろそろ梅の時期だなぁと思いまして」

「そうだな。桜庭は梅は好きか?」

「はい!白梅も好きですけど、紅梅も素敵ですよね」

 そう言うと、土方さんは少し頬を緩めたように見えた。

「ほぅ、お前もそう思うか。俺も紅梅の方が好みだな・・・あぁ、そこだ」

 そう言って、土方さんは左手に見えた小ぶりな鳥居をくぐった。

その先の境内には、神主さんもいないらしい、寂れたお社があった。でも、土方さんはそれには目もくれず、境内の裏手へと抜けた。

 と、そこに広がっていたのは・・・ひっそりとしているけれど、小さいながらも梅林と呼べそうなくらいの梅の木。

紅白の梅が並んでいて、辺りには梅の香がふんわりと広がり、ここだけ別世界みたいだ。

「うわぁ・・・すごいっ・・・」

 素直な感嘆が口をつく。もっと気の利いた言葉が出てきたら良いのに、こう言うときって案外、思いつかないものなのよね・・・土方さんを振りかえると、土方さんもいつになく機嫌が良さそうで。

「見事なものだろう?・・・北野天満宮に規模は劣るが、その分ここは静かだからな」

 そう言う土方さんの口調もどこか少し得意気に聞こえる。

「あそこはこの時期、すごい人手ですよね。確かに広いし綺麗なんですけど・・・ゆっくり見ていようって気には、なかなかなれませんよね」

「ああ、俺達が目立つっていうのもあるがな。ここは以前、偶然見つけてな・・・その時は枯れ木だったが、梅の木だということには気づいていたからな。この時期にまた来ようと思っていた・・・」

 そんな土方さんの声を聞きながら、梅が咲き乱れている中に足を踏み入れて、くるりと周りを一周してみる。

 咲き乱れる梅の花と何よりその香りに囲まれていると・・・本当に、別世界みたい。

ふと、土方さんを振り返って見ると、土方さんは梅に囲まれた庭石の名残らしい石に座って、こっちの梅を眺めていた。

なんだか申し訳なくって、慌てて土方さんの前まで行く。

「すっ、すみません。はしゃいでしまいました・・・」

「いや。気にするな・・・気に入ったか?」

「はいっ!ありがとうございます、こんな素敵な所を教えて下さって!」

「そうか。そうだ桜庭、この場所は他の奴らには言うなよ?」

 ふと思い出したように、土方さんがそんなことを言ったので、私は首を傾げざるを得ない。

「他のって・・・近藤さんとかにってことですか?」

 こんなに素敵な場所なのに、どうしてだろう?

「近藤さん達に教えて見ろ。その日のうちに酒宴でも始められかねんからな・・・」

 ・・・確かに、ここのことを教えたら、みんな喜んで花見酒だ!とかって、始めちゃうかも。

「皆さん、宴会好きですもんね」

「それも悪いとは言わねぇが、たまに付き合いきれん。折角のこの静けさが失われるのは惜しいからな」

「判りました。じゃあ、この場所は秘密にしておきますね・・・あ、でも。また来ても良いですか?」

「ああ。別に俺の場所って訳じゃないからな。ただ、屯所の奴らには口外しなければいい」

 ・・・『二人だけの秘密』なんて考えると、なんだか照れちゃうな。

勿論、土方さんはそんなつもりで言ってる訳じゃないんだろうけど。妙に気恥ずかしい。

「そっ、そう言えば土方さんは俳句を詠まれるんですよね。梅の歌とかもあるんですか?」

 何となく覚えてしまった気恥ずかしさを振りきろうと、ふと梅を見ていて思い出したことを訊いて見る。

土方さんもそんな私の問いは予想外だったのか、少し驚いたような顔をしてから、苦笑した。

「良く覚えていたな・・・あるにはあるが。そうだ、お前も俺の句ばかり聴いていないで、一句ひねってみたらどうだ?」

「えっ!?わ、私もですか?」

 思いもかけなかった土方さんの一言に、驚いていると、土方さんがこんな一言を言った。

「お前は見込みがありそうだしな・・・丁度、俺も、句をひねろうかと思っていたからな。どうだ?」

 そう言われて嬉しくないわけではないけれど・・・俳句ってどうやって詠み始めたらいいんだろう?

五・七・五で終わって、季語を一ついれないと駄目なのよね・・・

「そうですね・・・うーん」

 そのまま無言になって考えていると、ふっ、と土方さんが小さく笑った。

「そんなに難しく考えなくてもいい。それより、お前も立ってないで、座ったらどうだ?」

 そう言ってすぐそばの石を差されたので、私も腰を降ろした。

座って下から見上げた梅は、いつもと違って、少し新鮮に目に映る。

 そんなことを思っていると、土方さんは矢立を取り出して、何やら書きつけると、一枚を渡された。

紙には『梅の花』と、達筆な手蹟で書かれていて。

 何だろうと、土方さんをみると。

「まぁ、いきなり詠めと言っても難しいかもしれんからな・・・『梅の花』ときたらお前はなんと詠む?」

 と言われた。ここまで気にして貰ったら、私も俳句を考えるしかないよね。

それからその日は紅白の梅に囲まれながら、土方さんと一緒に俳句を考えながら過ごした。

 時折、ヒントを貰ったり、土方さんの俳句のお話を聞いたり、近藤さん達の昔話とか、屯所での些細な出来事を話したりして、久々に殺伐とした空気から離れてのんびりとした時間が過ごせた気がする。

 土方さんのことを少しでも知ることが出来た気もするし・・・

 良く考えたら土方さんと一緒にこんなにゆっくりとした時間を過ごすのは初めてだよね。

長い間そばにいても、沈黙を重いと感じないって、なんだかいいな、なんて思ってしまった。

 土方さんも同じように感じてくれたら嬉しいのにな。

   『 咲きふりに 寒けは見えず 梅の花  豊玉義豊(豊玉発句集より)』




〜ひとこと〜


千成さんのサイトでカウンター600を踏んだ記念に書いて下さいましたvv
私がリクエストしたのは「土方さんと鈴花ちゃんでお花見にいく」というものでした。
これがまた、見にいったのは、土方さんのタ大好きな梅の花だし。
豊玉発句集の詠まで……///
土方さん好きには「これでもか〜!」ってくらいおいしい所が満載でした。
千成さん曰く『俳人・豊玉義豊による初心者のための俳句講座-お題は梅-』なんだとか。
素敵なお話を書いて下さって、ありがとうございましたvv
(2005.03.27)